2020/08/23

With Corona Project ④ 〜 理学療法のコツ⑴ 〜 「凍結肩(拘縮肩)に対する理学療法の考え方」

FAVPGNフリー素材より引用 





研修会やセミナー・学会などが中止されている昨今、臨床で悩んでいる理学療法士に向けて、何か自分自身で出来ることはないか?と考え、「OH!NO!DX BLOG With Corona Project」と題して本ブログで臨床の理学療法士としてどのように勉強し、患者治療を遂行するべきかを発信することにしました。

前回までは、3週にわたり「Snap PT diagnosis」について記述しました。その中で、臨床の理学療法士として本質的に大切な「医学的思考(病態解釈の進め方)」とセミナー参加だけでは得られない技術向上と知識を増やす方法として「勉強のあり方=反復して何度も練習(触診・画像読影)し、論文を読んで知識を増やす=これらには時間がかかり、努力が必要」ということについて記載しました。

患者さんを良くするためには、何か魔法のような手技が存在するわけではなく、「医学的思考」を体得し、日々コツコツ努力を継続するという、医療従事者として「当然の努力」しか方法はないと考えています。その中で一つの手段として、一定の領域に到達している先人から「考え方」や「技術」を対面で教えてもらえる「学会」や「ハンズオンセミナー」は有用だと思います。但し、「日々コツコツと努力をした上で」ということがポイントとなります。

さて、相変わらず前置きが長くなる私の悪い癖が出てしまっていますが、今回からは実際の病態に対してどのように私が考えているかについて、整形外科領域の理学療法士がよく遭遇する代表的疾患を通して記載したいと思います。第1回目は「特発性凍結肩(拘縮肩)」について述べたいと思います。

五十肩という呼び名が一般的ですが、この病名は江戸時代の「俚言集覧」という国語辞典から引用されたものです。フランス人のデュプレーが1872年に「肩関節周囲炎」として発表し、1934年にコッドマンが筋攣縮や肩甲上腕関節の拘縮を起こしている状態を「frozen shoulder」と命名しました。その日本語訳として「凍結肩」という用語が用いられています。凍結肩は原因不明の「特発性」の肩関節拘縮と定義されています。

発生要因として糖尿病、甲状腺疾患、デュピュイトラン拘縮、喫煙などの関与が指摘されています。発生頻度は人口の2~5%とされていますが、糖尿病患者の場合は20%ほどに発生すると言われています。

基本的には何らかの要因で、肩甲上腕関節内に炎症(滑膜炎)が波及することによって疼痛と可動域制限が発生する病態と考えられています。その病期については皆さんもご存知の通り、以下の3つに分けられています。

①急性期:強い疼痛のために、肩関節全方向への可動域が制限される時期ではあるが、真の拘縮はないと言われています。運動時痛、安政時痛、夜間痛などが特徴とされます。

②凍結期:特に肩甲上腕関節に限局した他動可動域制限を生じている時期(もちろん肩甲胸郭関節にも問題がある場合がほとんどです)で、疼痛は軽快してきてはいるものの、肩甲帯の動きにより見かけ上の挙上や内外旋運動が行われています。このため肩関節の挙上時に「いかり肩(Shrug shoulder)」となります。

③寛解期:可動域制限や疼痛が改善してくる時期。

病期があるということは、病期ごとに病態が異なります。病態が異なれば治療方法も病期ごとに変える必要があります。

【私の治療方針(病期ごとの治療戦略)】

⑴安静時痛・夜間痛の有無を確認:じっとしていても痛いこの時期(個人的には急性期前期と捉えています)には安静と投薬が治療の第一選択となります。そうです、この時期に闇雲に肩関節を動かしてはいけません。この時期に可動域練習のようなことを行うと結果として治療期間の長期化(症状の遷延化)を招きます。若手の理学療法士が凍結肩治療を難しく感じる多くの理由は、この時期に肩関節の可動域を出すような操作を積極的に行っていることが原因と考えています。症状の原因が炎症であるこの時期の治療に必要なことは「炎症の早期鎮静化」です。となると、我々理学療法士にできることは「安静を保ってもらうように病態を説明すること」と「安楽肢位の指導」しかありません。安静のために、ときには「三角巾」による固定も必要です。(本来、三角巾固定の判断は医師による診察の段階でなされるべきと考えていますが、状況に応じて、理学療法士から医師へ相談することも大切です。)夜間痛は多くの場合、就寝時に肩甲上腕関節が伸展位となっていることで、関節内圧が上昇し誘発されています。この場合、肘関節の下にクッションを入れたり、就寝姿勢を外国のドラマに出てくるような枕などでギャッジアップしたような状態にするなどの工夫が必要となります。本質的な治療は医師による消炎鎮痛薬や睡眠導入薬の内服、関節内への注射療法が主体となる時期です。またこの時期の理学療法は関節運動を伴わない攣縮筋のリラクセーションと愛護的で他動的な肩甲骨運動と肩甲上腕関節運動を数回程度行うだけで十分です。この時期に決して自主トレーニングや積極的自動運動の指導や他動運動を行ってはいけません。前述した治療を行うことで2〜3週間の期間で夜間痛や安静時痛は消失ないし軽減します。

⑵急性期後期:少なくとも安静時痛が消失し、夜間痛は寝返りなどの体動時に限局され、夜間痛があったとしても、体を起こすほどではなくなってきたこの時期を急性期後期として捉えています。この時期に実施する理学療法最大のポイントは夜間痛の完全消失と愛護的可動域練習です。絶対に疼痛を伴うような徒手操作や自主トレーニングの指導を行ってはいけません。この時期に強い強度の理学療法を実施してしまうと、炎症が再燃してしまいます。若手の理学療法士が失敗しやすいピットフォールです。とはいえ軟部組織に加える負荷が弱すぎると過剰な拘縮を完成させてしまいます。何度も先輩理学療法士の技術を見て盗み、トライアンドエラーを繰り返して、技術を体得しなければなりません。そして、この時期の理学療法のターゲットはSubacrominal bursa(SAB)、烏口上腕靭帯(CHL)、棘上筋、棘下筋、小円筋、Spinoglenoid notch周辺の滑膜性脂肪組織(SGNF)となります。これらの組織の滑走性が十分に改善し、柔軟な状態となることで、確実に夜間痛は消失します。これらを理学療法ターゲットとすることで、一つにはSAB内圧が軽減します、そして鎖骨下動脈から分岐した三角筋枝、肩峰枝、上腕回旋動脈の血流が改善します。SAB内圧減少と回旋動脈流量増加が夜間痛の軽減には必須です。目安としては、症状として夜間痛が完全に消失し、肩関節固有の可動域(肩甲上腕関節単独の可動域=肩甲骨の回旋を伴わない可動域)で挙上95°、外転95°、伸展20°、下垂位外旋20°以上が痛みなく獲得できていれば、この時期の理学療法としては満点と考えています。ここまでに(病状により)およそ2週間から4週間程度かかる(もしくはかける)と思います。⑴の時期と合わせると4週間から8週間位ということになります。中にはもっと早く良くなる患者さんもいますし、もっと時間がかかる患者さんもいます。それは病状によります。個人的な感覚としては急性期(前期+後期)が4週間以内で収まれば、まずまず良好な成績と考えています。

⑶凍結期:この時期は炎症の鎮静化と引き換えに完成した関節可動域制限が主訴の主体となります。⑴と⑵の時期に適切な理学療法が実施できていれば、この時期の可動域制限を最小限とすることが可能となります。ここでどの組織を理学療法のターゲットとするべきか、という疑問が湧いてきます。皆さんは凍結肩には2つのタイプがあるということをご存知でしょうか?立原久義先生(大久保病院 明石スポーツ整形・関節外科センター)が肩関節36(2).695-699, 2012 で報告されています。一つは「大胸筋タイプ(前方タイプ)」ともう一つは「肩甲骨・肋骨下制タイプ(後方タイプ)」と命名されています。

「前方タイプ」の特徴:大胸筋の圧痛、胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛を有する。肩甲骨の運動は比較的保たれている(あっても軽度)。初診時他動可動域が、挙上110°以上、外旋20°以上、結帯L2以上。治療期間5.6ヶ月。

「後方タイプ」の特徴:肩甲下筋・小円筋・棘下筋など腱板筋の圧痛を有する(大胸筋の圧痛や胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛はない)。肩甲骨運動が著明に制限されている。初診時他動可動域が、挙上100°程度、外旋15°程度、結帯L4程度。治療期間9.2ヶ月。

(さらに心理的要素に起因したHypermobile scapulaタイプについて立原久義ほか BoneJoint Nerve3. 639-649. 2013も報告されていますが、今回は割愛します。)

このようにタイプが異なるということは、病態が異なるということです。病態が異なれば、当然ながら治療方法が異なって然りです。

前方タイプに対する私の評価と治療:前方タイプとはいえ、8割ほどには腱板筋に圧痛を認めると報告されています。決定的に異なるのは、「胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛」ということになりますので、初診の際に大胸筋の圧痛と合わせてこの所見を確認します。これら特徴的所見が得られた場合、理学療法のターゲットは腱板筋と大胸筋、烏口腕筋、広背筋、大円筋が主体となります。腱板筋の滑走を促し、筋攣縮を除去することはもちろんですし、これら以外の筋や靭帯などの軟部組織に対する治療も必須ですが、合わせてターゲットとして挙げた組織に対しての治療を忘れてはいけません。大胸筋と広背筋を繋ぐAxillary archとその深層に存在する烏口腕筋の拘縮治療を行うことで、良好な治療成績が得られやすいと考えています。我々の研究では烏口腕筋の拘縮治療は凍結肩治療に有効であり、Axillary archを構成する筋も合わせて治療を行うことが有効であると考えています。

後方タイプに対する私の評価と治療:後方タイプの決定的な特徴は肩甲骨の可動域制限です。特に下制、下方回旋、内転、後方傾斜が制限されていると報告されています。我々は肩甲骨の可動域制限には外側縁に付着する筋の拘縮が関与している可能性について報告しました。これらを合わせて考えると、理学療法のターゲットは腱板筋と小胸筋、肩甲挙筋、前鋸筋、広背筋、大円筋が主体となります。前方タイプに対する治療でも前述しましたが、これら以外の軟部組織に対する治療、特に肩甲上腕関節の可動域制限をしっかり除去することは絶対的に必須となります。前出の我々の研究では肩関節屈曲位内旋と肩甲骨下方回旋に関連があることが解っています。つまり屈曲位内旋(いわゆる3rd内旋)の可動域を改善することで、凍結肩に特徴的な肩甲骨下方回旋は改善しやすくなります。

さらに凍結期では、どちらのタイプであっても、徒手療法と併せて理学療法ターゲットに有効な自主トレーニングを行っていただきます。(自主トレーニングの詳細については今回は割愛しますが、治療ターゲットが決まってしまえば、自ずとそのやり方は決まってきます)

もちろん全ての症例がどちらかのタイプに分類できるとは考えていません。特に経過が長い症例(いろいろな病院やクリニック、接骨院などを転々とした症例やそのうちよくなると思って放置していた症例)など我々の目の前に来られた時点で凍結期を向かえられていて、高度な拘縮が完成してしまっている場合などでは、そもそもタイプ分類が困難です。いずれにせよ、一つ一つの所見を丁寧にとり、問診、理学所見から病態を把握して理学療法を展開する必要があることに変わりはありません。凍結期の治療期間が概ね12週から24週程度であればまずまず良好な治療成績で寛解期を向かえることとなります。

高度な拘縮が完成している症例に対する治療:凍結期から理学療法を行わなければならない症例に対する治療は難渋しますし、治療期間が長期化します。運動時痛がないにも関わらず、挙上可動域が90°未満(なかには45°未満)といった症例です。私の経験では12ヶ月以上治療期間を有する場合もあります。このような症例では可動域改善が一朝一夕には進みません。それは病態の背景に組織間の癒着や組織の短縮が存在しているからだと考えています。高度に癒着している場合、それを徒手で剥離することは困難ですし、筋が短縮している場合では筋節数(サルコメア数)が増えない限り、筋束長や筋長が変化することはありません。つまり、こつこつと癒着剥離操作を行いながら、筋節数が増加(リモデリング)する期間が必要になるということです。(病院に設備があるような)医師の考え方からすると、このような症例では鏡視下全周解離術や麻酔下(ブロック下)マニュピレーションを行ったほうが早いと考える場合もあります。そこは医師と患者さんの判断に委ねられる領域ですが、3ヶ月ないし6ヶ月程度の理学療法の期間で徐々にでも(患者さんが満足するスピードで)可動域や症状が改善していれば、理学療法による治療を継続するという場合もあります。このような症例にあっては前述した治療や自動運動(自主トレーニング)と合わせて、スピードトラックを用いた持続伸張(持続牽引)が有効です。

図1: スピードトラックを用いた持続伸張

図1で示すように、肩甲上腕関節の肩甲骨側をベルトで治療ベットに固定した上で、上肢の重さと同等の5kg程度(適度な伸張感が得られる重さ)で10分×2セット持続的に肩甲上腕関節に離開する伸張を加えます。これは患者さんが可能な最大挙上角度よりもやや下げた角度で行います。そうすることで、疼痛自制内で持続的に伸張を関節包靭帯や周辺軟部組織に加えることが可能となります。

図2:①トラックバンドとエラスコット包帯、②アンダーラップ

用いるのは図2①で示すトックバンドとエラスコット包帯です。②で示すようにまずアンダーラップを患者さんの前腕に巻きます。

図3:③トラックバンドを包帯で巻く、④肩甲帯のベルト固定

次に図3③で示すように、トックバンドを前腕掌側と前腕背側に肘関節遠位に挟むように当て、エラスコット包帯でバンドがずれない程度の圧力で巻き上げます。次に④で示すようにベルクロのついたベルトで肩甲帯を治療ベッドに固定します。あとは図1に示したように牽引するという手順で行います。

この持続伸張(牽引)の方法は肩関節だけでなく、膝関節など他の関節の高度な拘縮治療に有効です。写真ではよく分からないかもしれませんが、ご自身で工夫してトライしてみてください。関節包靭帯の拘縮治療として有用であると思います。

今回は「特発性凍結肩(拘縮肩)」に対して私が行っている理学療法とその考え方について記載しました。今回の内容なほんの一例です。本質的に私が皆さんに伝えたいことは、繰り返しになりますが、毎日コツコツ勉強し、繰り返し練習することです。このブログが整形外科領域で臨床に向き合っている、若手の理学療法士の皆さんと患者さんの一助になれば幸いです。

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