今回は変形性股関節症(股OA)について記載したいと思います。凍結肩、膝OAと合わせてCommon diseaseのひとつです。前回の膝OAでも記載しましたが、関節症性変化をきたす疾患の多くは多因子疾患です。なかでも力学的負荷とその蓄積が関節軟骨の初期変性と軟骨下骨のターンオーバーの異常に関与していると考えられています。また、本邦においては股関節痛を有する患者は解剖学的に寛骨臼形成不全を有する割合が多いことが知られています。つまり、股OAの背景には「股関節の不安定性」が関与しています。
この報告は、 2975例(男性1043例、女性1932例、平均年齢70歳=23-94歳)を対象に年齢、性別、股OAの程度(単純X線評価:KL分類2以上を股OAとし、3以上を進行股OAとしています)、疼痛の有無について調査を実施しています。股OAの有病率は男性18.2%、女性14.3%で、進行股OAはそれぞれ1.34%、2.54%でした。股OAを有し、かつ股関節の疼痛を有する頻度は、男性0.29%、女性0.99%で、男女ともに股OAの有病率は年齢に依存していないと報告されています。性別において、男性は股OAの有意な危険因子だった一方で、女性は進行股OAならびに疼痛の有意な危険因子でした。また、進行した変形は、疼痛の有意な危険因子と報告されています。私がこの論文を読んで、「ふむふむ」と納得できたことの一つに、股OAの程度は疼痛と関連があるものの、画像で股OAがあっても、「必ずしも疼痛を伴わない」ということです。つまり、主訴と画像所見を安易に結び付けるべきではないということです。このことは前回の膝OAの時にも記載しましたが、解剖学的構造破綻による機能変化(症状)は患者さんによって様々であるという当たり前のことを忘れてはならないということを示唆しています。
2000年代からは、大腿骨寛骨臼インピンジメント(Femoroacetabular Impingement Syndrome:FAIS)という病態も脚光を浴びる様になりました。FAISは股関節の軽度な形態異常を背景に、日常生活動作およびスポーツ活動における股関節の可動時に寛骨臼と大腿骨が衝突(インピンジメント)を来して、関節唇損傷や軟骨損傷を生じ、鼠径部痛や変形性股関節症を生ずる病態を指しています。手術手技の確立や手術機器の進歩に伴い、欧米で急速に股関節鏡視下手術の件数が増加しています。本邦でも年々股関節鏡視下手術の件数が増加していることは皆さんもご存知の通りです。
2005年から2013年までの8年間で保険請求データから、アメリカにおける股関節鏡視下手術の推移を調査した報告です。患者年齢、性別、股関節鏡視下手術後の再鏡視手術と人工股関節置換術についても調査しています。股関節鏡視下手術件数は、2005年の保険加入者10万人比3.6件が2013年には16.7件と著しく増加していました。2年累積での再鏡視率は11%、人工股関節置換術施行率は10%に昇っています。手術時55歳〜64歳の症例における5年累積での人工股関節置換術施行率は35%と高率でした。この理由については、本論文内でも言及されている通り、手術適応判断の誤りが考えられます。特に重度の軟骨損傷の存在は有意な成績不良因子とされます。寛骨臼形成不全を有する割合が多い本邦では、この点に注意が必要な訳です。股関節鏡視下手術では多くの場合、股関節に対して牽引操作を加えた上で、関節包を切離し、Pincer Trimmingを行った上で、Labrum Repairをします。更にCam Osteochondroplasyを加えて、関節包を縫合して手術を終了するという流れとなります。何が言いたいかというと、手術適応の判断を誤ると「関節の不安定性を助長」する可能性があるということです。敢えて付け加えますが、決して股関節鏡視下手術を否定しているわけではないことをご承知ください。あくまでも適応が大切ということです。
ここで、我々理学療法士が考えなければならないことは、股OAに対する理学療法では如何に股関節の「安定化を図る」かということです。股関節の変形(軟骨損傷の程度)が股関節痛と関連しない時期があり、関節の不安定性が高まると変形が進行するという事実を考えれば、「股関節の安定化」が股OAに対する理学療法のKeywordということになります。この考え方は肩関節の理学療法でいうところの「支点形成」と全く同じと捉えています。肩関節の場合、上腕骨と肩甲骨の間、つまり肩甲上腕関節の安定化のために、上腕骨頭と肩甲骨臼蓋の位置関係を構成する軟部組織の拘縮を取り除いた上で、肩甲上腕リズムの正常化を促します。股関節の場合も同様と捉え、寛骨臼と大腿骨頭の位置関係を構成する軟部組織の拘縮除去と、その上で如何に骨盤と大腿骨の協調運動を正常化させる=股関節を安定化させるかが理学療法の鍵となります。
私自身もいわゆるコアトレーニングを患者さんに行っていただきます。でもそれは、あくまでも骨盤と大腿骨の協調運動を正常化させることが目的で、「体幹の筋力強化」を目的としているわけではありません。一例としていわゆるPlankを考えてみます。Plankは前述した標準化された理学療法としても採用されています。寛骨臼と大腿骨頭の支点を形成させた上で、骨盤の後傾を促す腹筋の収縮と腰背腱膜に付着する筋の攣縮除去に有効なトレーニング手法として私は捉えています。しかし、なかには腹筋と背筋の共縮(同時収縮)と捉えて実施している理学療法士やトレーナーがいます。Plankで腹筋と背筋の共縮を促すことは生理学的に不可能です。このことは生理学でいうところの相反抑制を考えれば至極当然です。通常Plankでは腹筋群の筋収縮が起こります。その際、背筋群の収縮は相反抑制により抑制されてしまいます。このことは筋電図学的実験でも明らかになっています。下代ら 実験力学 2018 18(3) 184-191
では、どの様な手順で理学療法を進めていくべきなのでしょうか。
①股関節痛の誘引となっている軟部組織の拘縮除去
②股関節の支点形成(骨盤と大腿骨の協調運動練習)
私はこの2点を基本的な考え方として股OAに対する理学療法を行っています。もちろん動作練習や疼痛回避動作指導も併せて行います。これらを行うことで患者さんが許容できる症状状態(The patient acceptable symptomatic state:PASS)を獲得できることが可能であると考えています。当然のことですが、膝OA同様、軟骨下骨にまで変性が及んでいる病態(KL-4)では理学療法は適応外でTHAの適応であると考えています。
最後に①でターゲットとしている軟部組織について簡単に説明したいと思います。
軟骨が一定程度残存(KL≦3)していれば、骨性の疼痛とは考えられません。つまり股OAとはいえ、疼痛を惹起しているのは軟部組織ということになります。繰り返しになりますが、股OAでは「関節が不安定」なわけですから、何とか関節を安定化させようとして股関節周囲筋は攣縮します。更に股関節内で炎症が起これば、股関節包に付着する筋には反射性攣縮が引き起こされると考えられます。加えて、臼蓋形成不全や先天性股関節脱臼などを背景に持つ二次性股OAでは骨盤が前傾位となりますから、股関節前方に圧縮応力が加わるアライメントとなっています。これらの条件から導き出される軟部組織で、かつ圧痛が確認できる組織が理学療法のターゲットとなると考えています。(もちろん各種整形外科テストで所見をとることも大切ですが、股関節では特異度が高い整形外科テストが少ないということを十分に理解しておかなければなりません。)
ここまで考えると、理学療法のターゲットとして、AIIS周囲の脂肪組織、大腿直筋直頭・反回頭、股関節包に付着を持つIliocaspralis、腸腰筋、小臀筋、外側広筋、梨状筋、内閉鎖筋、外閉鎖筋、更に恥骨筋、長内転筋、腸恥滑液包、大転子滑液包、大腿筋膜(含む大臀筋)などが挙げられます。
上述の軟部組織の一部ですが、徒手操作については理学療法ジャーナル 2019 53(2) 「Femoroacetabular impingement に対する評価と治療」の項に記載してありますので、機会があればお読みいただければと思います。
いつも言うことですが、まずは患者さんの訴えに耳を傾け、丁寧に問診を行なって、触診・理学所見・画像所見から問題点を抽出することが大切です。理学療法診断が決まれば、自ずと行うべき理学療法は決定されます。
このブログが皆さんの日常理学療法診療の一助になれば幸いです。
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