2020/08/02

Snap PT diagnosis〜理学療法診断を一発で決める① 〜「問診」


フリー素材イラストACより引用           


“ Listen to the patient. He is telling you the diagnosis. ” 
患者の言葉に耳を傾けよ。患者はあなたに診断を告げている。」

とはカナダの内科医 William Osler (1849-1919)の有名な言葉です。

医師の世界では「問診で8割がた診断がつく」と言われています。

私も理学療法を進めるにあたって、問診がとても重要であると感じています。「8割」かどうかはさておき、問診で多くの情報を得ることができ、理学療法診断に役立つことを経験しています。

現代の医療では検査や画像所見がとても重要視されています。近年では超音波画像検査が理学療法士の世界でも持て囃されています。検査や画像所見はもちろん重要です。でも同じくらい問診も重要です。問診力を磨けば、臨床経験が浅い理学療法士でもベテラン理学療法士のように迅速かつ適切に理学療法診断ができる可能性が高まると考えています。


一発で理学療法診断(Snap PT diagnosis)が決まると気持ちいいものです。後輩が「なぜこの症状が出ているのかさっぱりわからないなあ」と首をひねっている時に、ふと立ち寄ったベテランPTが「この症状でこの所見なら〇〇だよね」と一瞬で見抜いてしまう、ベテランPTの頭にはパターン認識の回路ができ上がっているのです。これはPTの世界でいうところのトップダウン評価とは似て非なるものと考えています。私の解釈では、トップダウン評価とは、一つの所見から様々な事象を推察して評価を行うことと捉えています。それに対して、Snap PT diagnosisは様々な所見を「統合解釈」して正確に理学療法診断を付けるものと理解しています。


先日、こんな患者さんを初診でみました。

自転車走行中に左側から自動車に追突され、それ以降、幾つかの病院を回ったものの、腰痛症状が改善しないとの主訴で当院を受診され、理学療法が処方されました。


よくよく問診をすると、腰椎を右回旋したときに症状が再現され、左回旋では症状が出現しません。右側屈のKemp testは陽性ですが、左側屈では陰性です。右ASLRでは下肢挙上は安定していますが、左では下肢挙上が不安定です。圧痛はL3/4、L4/5椎間関節とL4多裂筋にみられました。単純X線画像所見に目を向けると左L3/4、L4/5椎間の椎間関節が離開する方向へ腰椎の回旋が確認されました。MRI画像からはL4/5椎間関節包に高輝度変化がありました。これらの所見から左L3/4、L4/5椎間の不安定性が疼痛出現の要因と考え、疼痛出現の原因部位は同椎間関節包靭帯と推察しました。腰椎を軽度左回旋させた背臥位で左ASLRを行うと下肢の挙上は安定し、更に左責任椎間関節を用徒手的に固定して右側屈Kemp testを行うと症状が減弱しました。

「症状が出現する条件」と「症状が減弱する条件」を見つけることが出来たことで理学療法診断に繋がります。


私の理学療法診断は外傷性左L3/4、L4/5椎間関節不安定症による運動時腰痛症状です。現在理学療法4回目で徐々に症状が出現しにくくなってきています。


理学療法診断が明確になると、行うべき理学療法は自ずと決定されます。


私の問診は5 STEPで行っています。


STEP1:患者さんとのラポール形成

「幾つも病院を廻られたんですね」「なかなか理解されないと辛いですね」など声をかけます。ここで医師のカルテから得られた情報を基に、姿勢や動作、歩容も確認しておき、「動作もしくは姿勢が〇〇ですから、こんなことをすると痛みますね」や「画像を確認しましたが、〇〇な所見もありますね」など事前に十分確認して初診に臨んでいることを伝えるとさらに患者さんに安心感を持っていただけます。


STEP2:現病歴の確認

「いつ受傷されましたか」「いつ頃から症状がありますか」=これは単に時期を確認するのではなく、症状出現から現在までの期間を確認しています。現症出現からの期間が短ければ、急性症状が疾患や病態( 炎症など)を想定して問診を進めますし、一定程度期間が経過していれば、当初と症状が同じなのか、それとも症状が変化してきているのかを確認することで慢性症状が出現する疾患や病態(神経症状や関節不安定性など)を想定して問診を進めます。


同様に年齢も重要な要素となります。分かりやすい例で言えば、「膝が痛い」という主訴でも、小学生であればオスグッド、中高生であればAKPSや有痛性分裂膝蓋骨なども念頭に置きますし、ご高齢の方では変性疾患や膝OAなどを想定して問診を進めることになります。それ以外にもPlica障害や膝蓋骨不安定症など様々なことを想定し、問診の中で取捨選択していくことになります。


「受傷したときにどのような格好でしたか」「気がつくとどんな姿勢でしたか」「症状が出る前後に何か変わったことがありましたか」=これらを確認することで症状出現部位ごとの受傷特徴と照らし合わせていきます。例えばACL断裂non-contact injury症例では8割が受傷後仰向けになる瞬間があります。受傷した瞬間「空や天井が見えていたか」、「気がついたら地面が見えていたか」、「どの方向を向いていたか」、「どんな姿勢になったか」など、なるべく詳細に聴取します。ここで大切なことは漠然と質問しないことです。「受傷したときのことを教えてください」と質問すると十中八九「一瞬のことでよく覚えていない」と返ってきます。質問に際しては、特定したい疾患や障害の特徴を念頭において、具体的に聴取を進めることが重要となります。そのためには疾患の特徴を知識として整理しておく必要があります。


STEP3:生活歴や仕事歴、運動歴の確認

案外見落としがちな事項です。理学療法診断において運動機能障害の遷延化を招く、機械的刺激がどの程度障害部位に加わる生活動作をしているかということを確認します。何人暮らしで家事はどう分担されているのか、1人暮らしで生活しているのと、4人暮らしで家事を全てこなしているのとでは、生活動作における運動負荷量は異なります。具体的な仕事の内容や過去の運動歴、合わせて既往歴や嗜好品などについても聴取します。生活習慣病の傾向があるか、喫煙の有無なども含めて詳細に聴取します。「実は子供の頃に〇〇がありました」や「学生時代に膝が痛かったことがあります」、「そういえば数ヶ月前にも、今回ほどではないけれど、似たような症状がありました」など理学療法診断に繋がる重要な情報を収集できることも少なくありません。


STEP4:疼痛部位や症状の確認

疼痛部位や症状の確認の仕方として有名なOPQRSTがあります。


O(Onset):発症様式 〜…しようとしたら・いきなり(突発)、先週から・昨日から(急性〜亜急性)、先月から・数ヶ月前から(慢性)


P(palliative/provocative):増悪・寛解因子 〜 日に日に悪化(炎症性)、特定の動作・姿勢による(機械的刺激)


Q(quality/quantity):症状の性質・ひどさ 〜 鋭痛・鈍痛・運動時痛・安静時痛・夜間痛


R(region/radiation):場所・放散の有無 〜 びまん性(全体的に:神経性、筋損傷など)、局在性(Pin - point:その局所に問題がある場合が多い)


S(severity/associated symptom):程度、随伴症状 〜 歩行困難になるが休憩すれば歩ける、肩挙上はできるが、90°付近で痛むなど、起床時が辛い、夕方以降に辛いなど特徴的所見


T(time course):時間経過 〜 Onsetからの期間


これらの所見から症状の局在はどこか、軟部組織性か骨性かもしくは神経性かなど絞り込んでいきます。合わせて触診による圧痛所見の確認と整形外科テスト(ストレステスト)を行うことで、「症状が再現できる状態」と「症状が減弱できる状態」を見つけ出していき、責任部位を同定していきます。ここでも漫然と聴取したり、所見を取ることはタブーです。「圧痛は〇〇筋と〇〇筋と、あとここにも、あそこにも…」ということは若手の理学療法士によくあることです。あくまでも絞り込みを進めながら理学所見をとっていくという作業が重要です。そうすることで病態を解き明かすのに必要な所見(Primaryな所見)と随伴している所見(Secondaryな所見)を判別していくことが可能となります。

そしてもう一つ大切なことが「訴えのない疼痛や症状を見つけ出す」ということです。問診を進めていく中で、いくつかの病態に絞り込まれていたとします。自分が想定した病態であれば、「ここにも症状があるのでは」という局所の所見を探索するということを必ず行います。すると「こんな所が痛かったのは気づかなかった」というような反応があることはしばしばです。このような「訴えのない疼痛や症状を見つけ出す」ことができると、理学療法診断が大きく前進します。


STEP5:全体像の確認

STEP4が終わる頃には、おおよそ理学療法診断がついた状態となります。最後に全体を通して再度確認作業を行います。ここで大切なことは、自分の考えや診断プロセスに見落としがないか、何かのバイアスにとらわれていないか、もしくは敢えて異なる視点から再度考察し直してみます。この作業はとても重要で、この過程で新たな気付きや可能性を発見することも少なくありません。理学療法を進めていく上で最も気を付けなければならないことは「思い込みや決めつけ」で治療を進めてしまうということです。人は見たものを信用してしまいます。得られた所見や症状の原因の可能性が一つではないこともあります。例えば、肩外転90°で肩外側に痛みが出るという所見があったとします。皆さんならどう考えますか?肩峰下インピンジメントと考える方もいると思います。私の場合、それ以外にもGleno-spinoid notch部での棘上筋・棘下筋の滑走不全、同部での滑膜性脂肪の変性、QLSSでの腋窩神経症状、GHL拘縮による腋窩神経症状、三角筋後部線維と棘下筋間のSDGの変性、RCTによる炎症性疼痛など幾つかの可能性を考え、一つ一つ確認していくという作業をここで再度行います。この作業を怠ると、結果として治療経過の長期化に繋がってしまいます。丁寧に診断を進めていくことを忘れてはなりません。


最後に、レオナルド・ダ・ヴィンチは「単純であることは究極の洗練である」と述べています。理学療法診断が確定し、治療効果が現れると、病態解明に難渋したものの、解ってしまえば意外にもシンプルな病態であったということは往々にしてあります。丁寧な問診により疾患を決定づける重要なヒントを見いだせるかもしれません。Snap PT diagnosisをアーティスティックに決められる理学療法士を目指してください。


All for a smile of patient... by OH!NO!DX



※ 注釈
「診断」という用語について、医師法第17条に「医師でなければ、医業をなしてはならない」と記載されています。つまり理学療法士が「診断」を行ってはいけません。平成元年の厚生省研究班の報告で、医業の定義は医行為を業として行うこととされています。
医行為とは医師による医学的判断及び技術が必要な行為であるとされています。医行為には、絶対的医行為と相対的医行為があり、前者は常に医師が行わなければいけないほど高度に危険な行為を指し、診断は絶対的医行為に含まれます。
当然のことながら医学的診断、つまり病理学的・解剖学的・病因論的見地にたって疾病を同定する行為は医師に限られるべきです。
それに対して理学療法診断とは、様々な要因によって生じた「運動機能における障害」を同定し(運動機能障害診断)、その関連因子や予後を判断して適切な介入法を選択する(理学療法適用診断)プロセスを指します。
前述の厚生省研究班の報告書によると、理学療法は相対的医行為に位置づけられ、医師の指示のもとに権限が移譲可能な危険度の低い(危険が無いわけではない)医行為とされています。
本ブログ内で用いている「診断」とはあくまでも「理学療法診断」を指しているとご理解ください。

POPULAR POSTS

BLOG ARCHIVE