2020/08/30

With Corona Project ⑤ 〜理学療法のコツ⑵〜 「変形性膝関節症に対する理学療法の考え方」

FAVPGN(フリー素材)より引用
 



今回は「変形性膝関節症( 膝OA)」について記載したいと思います。前回記載した「凍結肩」とならんで、我々理学療法士が臨床でよく遭遇する疾患の一つであることはいうまでもありません。しかしながら、ひとくちに「膝OA」と言ってもその病態や症状は様々です。発生機序についても不明な点が多く、勉強すればするほどラビリンスへと誘われてしまいます。

膝OAは加齢、肥満、遺伝的因子、力学的負荷など多くの原因が関与して発症する多因子疾患です。なかでも力学的負荷とその蓄積が、関節軟骨の初期変性と破壊や軟骨下骨で起こる骨吸収と形成(いわゆるターンオーバー)の異常に関与するとされています。膝OA 進行の過程では、軟骨細胞外基質(マトリックス)を分解する酵素が産出されます。この酵素がマトリックスを破壊することで、軟骨下骨で行われている骨のターンオーバーのバランスが崩れ、軟骨下骨のミネラル化の減少によりマトリックスの破壊をさらに助長するという悪循環に陥ります。

病理学的には、膝関節軟骨の表層に近い部位からマトリックスの消失が進行していき、軟骨表層の fibrilation、軟骨の菲薄化、亀裂の形成、軟骨細胞のクラスター形成や細胞死、関節周縁部の骨棘形成の変化を惹起します。それゆえ、勉強を進めていくと関節軟骨破壊や関節周辺の骨変化が膝OAの主な病態であるというふうに考えるようになるわけです。このことが私たちを前述した「膝OAラビリンス」へ誘うと考えています。

このような病理学的研究を背景とした知識は必要ですが、臨床の理学療法士が病理学的変化を追求して治療(理学療法)を行うことは困難です。それは臨床の理学療法士が病理学的評価を行える環境にないことを考えれば至極当然なことです。

臨床では、半月板や関節包、靭帯、筋を含む関節構成体すべての軟部組織の退行変化(もしくは外傷)として捉えられて病態を考察していくことの方が有用であると考えています。前述したような病理学的変化を基盤として、解剖学的構造破綻が惹起されることで膝関節痛、関節運動時轢音、膝関節可動域制限、局所的な炎症(含む関節水腫)を呈する疾患として捉えて患者さんそれぞれの病態を考察し、理学療法を行っていく必要があります。

NEJM(フリー)より引用

今年発表された Gail DD et al. N Engl J Med 2020; 382:1420-1429 の報告では、関節内ステロイド注射よりも理学療法の方が1年後の疼痛と機能障害に有益であったと結論付けています。この報告では、平均年齢56歳の156人の患者をグルココルチコイド(ステロイド)投与群78人と理学療法群78人の2群に割り付けています。疼痛の重症度や障害の程度などのベースラインの特徴は両群で同様で、ベースラインのWOMACスコアの平均(±SD)は、グルココルチコイド注射群で108.8±47.1、理学療法群で107.1±42.4。1年後の平均スコアはそれぞれ55.8±53.8および37.0±30.7であり(グループ間の平均差は18.8ポイント、95%信頼区間は5.0~32.6)、理学療法に有利な結果となっています。

このことからも臨床の理学療法士は、軟部組織に加わる機械的刺激をいかに軽減するかを重視した理学療法の構築を考えるべきというふうに考えています。(もちろん病理学を知ることも大切です。)因みに、システマティックレビュー Xia W et al. Arthritis Care and Research 2020  ではデスクワーク中心の職業に比べ身体的負荷の高い職業では、膝OA発症のオッズ比が1.52(95%信頼区間1.37~1.69)と有意なリスク上昇が認められたと報告されています。また、膝立ち、しゃがむ、立つ、物を持ち上げる、階段を上るなどの姿勢や動作を頻繁に求められる職業は、いずれもリスクを増大させ、家事動作では最大93%リスクが上昇するとされています。

さて、話を元に戻しますが、私の見解として「膝OA」とは「単純X線画像上、膝関節アライメント変化が確認できる(特異的所見がある)膝関節周囲炎であり、患者さんは膝関節周囲の疼痛や可動域制限、動作困難などを主訴とするもの」と定義しています。一般的には明かな原因がなく加齢による慢性的な機械的刺激が加わることで発症する一次性(原発性)と、外傷や半月板切除後、炎症や代謝異常疾患に伴って発症する二次性(続発性)に分けられます。症例数としては一次性による場合が多いとされています。

個人的には、Kallegren-Lawrence分類や腰野分類などはあくまでも膝関節のアライメントを示しているもので、そこから解剖学的構造破綻を推察するものとして捉えています。もちろんそれらの進行に合わせて、症状が深刻化していきますから、病態を反映している重要な所見であることを否定しているわけではありません。ただし、K-L分類が3や4であったとしても患者さんが訴える症状は様々で「痛くてたまらない」方から「特定の動作さえしなければ痛くない」方もいらっしゃいます。つまり、単純X線画像上の変形がK-L分類で同じ程度に分類される状態であったとしても、解剖学的構造破綻による機能変化(症状)は患者さんによって様々であるという当たり前のことを忘れてはならないということです。

「膝OA」の症状として想起される代表的なものといえば、膝内側部痛ではないでしょうか。その要因も様々です。この膝内側部痛には鵞足炎(PAB:Pes Anserine Bursitis)もありますし、内側半月板後角損傷(MMPRT:Medial Meniscus Posterior Root Tear)などもあります。PABはその名の通り滑液包炎による鵞足構成筋の滑走不全がその病態です。一方、MMPRTは非外傷性(約70%)に特発する膝後内側部痛です。半月板後角の機能破綻に伴い、内側半月板が逸脱し、半月板衝撃吸収能の低下に伴い大腿骨内側コンパートメントへ加わる負荷が増大することは既知の事実です。またMMPRTは特発性膝骨壊死(SONK:Spontaneous Osteonecrosis of the Knee)の原因の80%を占めるとも報告されています。Santiago P et al. Arch Bone Jt Surg. 2018 Jul; 6(4): 250–259. PAB・MMPRTどちらも背景には、いわゆる膝内反変形に伴う外側方動揺性(Lateral thrust)による反復した機械的刺激により惹起されていると考えられます。MMPRTの場合、関節鏡を用いたPullout法による半月板修復術の適応とされる場合が少なくありません。しかし、約80%が保存療法でも良好な治療成績を示すとの報告もあります。梅原ら JOSKAS 2011; 37: 36-37 

同じ膝内側部痛であってもその病態は様々で、ここでも問診・理学所見・触診・画像診断が重要になってきます。

PABに対する理学療法:PABの場合その病態は滑液包炎に起因する鵞足の付着部滑走不全ですから、治療としてはその滑走性を改善させるということになります。炎症性の疼痛を示唆する所見(安静時痛)がある場合は杖などを用いた免荷と安静を2週間程度行います。もちろん医師によるNSAIDsなどの内服も併せて行うことで、早期に炎症を鎮静化させます。その上で徒手的に筋の付着部と滑液包間の滑走を他動的に促します。ここでどの筋がその最大の要因になっているかを鑑別するという技術が必要になります。私の場合はほとんど触診で鑑別できてしまいますが、恩師 林典雄先生や同期の赤羽根良和先生が推奨している鵞足筋ストレステスト(鑑別テスト)も有用です。また盟友八木茂典先生のグループがターゲットとしている半膜様筋がその要因である場合も少なくありません。我々がターゲットとするべき軟部組織についてはLöffler内側解離術で操作する組織を考えると参考になると思います。(日関外誌23(2) 2004 117-123日関外誌23(2) 2004 149-156 、変形性膝関節症の治療における最近の動向, とくに広範内側離術を加味した高位脛骨骨切り術(extensive high tibial osteotomy) についていずれにせよ、これらの筋の滑走性を改善することで疼痛は大幅に減少します。ここまでで大切なことは①安静もしくは杖による部分免荷を行うこと②その上で筋の滑走性改善を他動的に行うこと、の2点です。この段階で安に筋力強化の様な自動運動を行うと、治療の遷延化を招来します。①と②により疼痛が大幅に減弱してから、自動運動を行うことがポイントとなります。自動運動では膝伸展運動も行いますが、私は背臥位と長坐位の2肢位で股関節内旋運動(1日に各肢位ごとに20回を3セット)を行って頂きます。目的は大腿骨と脛骨の外旋化の是正です。膝OAでは大腿骨と脛骨が外旋していくことは既知の事実です。その原因には加齢に伴う骨盤の後傾化や足部アーチの低下、膝軟骨や半月板の変性に伴う回旋、アライメント変化に伴う適応など様々な要因が考えられますが、今のところ明確なエビデンスはありません。ただ、これら下肢の外旋化を抑制する運動が効果的であることは間違いありません。局所の滑走不全を改善した上で、もしくは状態によって並行してこれらの自動運動を行うことで、K-L分類3程度の患者さんでも症状は改善していくことを多く経験しています。概ね12〜24週程度で症状が消失もしくはNRS 3/10程度に改善すればまずまず良好な治療成績と考えています。

MMPRTもしくは半月板損傷に対する理学療法:半月板損傷に対する治療では前述した通り、関節鏡による修復術もしくは切除術が行われることが少なくありません。半月板部分切除術とSham手術(偽手術)では12ヶ月後のWOMETスコアと除痛に有意差がないとする報告 Raine S et al. N Engl J Med 2013; 369:2515-2524 や半月板手術と理学療法では6ヶ月後・12ヶ月後ともWOMACスコアに有意差がないとする報告 Jeffrey NK et al. N Engl J Med 2013; 368:1675-1684 などのエビデンスが多く報告されています。これらを考えると「適切」な理学療法が実施できるのであれば、半月板損傷であっても理学療法の適応であると考えられます。ここからは私見になります。私が考える「適切」な理学療法はまず半月板損傷が明らかになった時点で①完全免荷を2週間(できれば支柱付き装具固定もしくはシーネ固定付き)、②部分免荷(1/3PWBもしくは1/2PWB)を2週間(できれば支柱付き装具固定付き)を行います。③その後2/3PWBを1週間、④全荷重とします。もちろん①〜④の全期間を通じて愛護的関節可動域練習を実施します。⑤その後12週目までは、歩行程度の運動までとしてしゃがみ込みはしない、階段昇降は健側からの2足1段とします。①〜⑤までの期間でなるべく半月板の修復を促します。(ここでいう半月板の修復とは、半月板の周囲を線維軟骨が覆うことで半月板断裂部の安定化を図るということを指します。一旦壊れた半月板が再生することはまずありません。)⑥軟部組織の滑走不全を改善する様な徒手操作と段階的筋力強化を実施する。筋力強化はOKCから段階的にCKCへと移行していきます。最初の4週間は絶対的にOKCです。次の4週間はCKC(この頃に階段昇降1足1段を許可します)。そして最後の4週間は走行やしゃがみ込み、ジャンプなどを許可して、負荷量が強いCKCトレーニングを実施します。(高齢者や低負荷運動しかしない方であればこのフェイズは不要です。)ここまでで、約6ヶ月間を要します。こうすることで理学療法でほとんど症状が改善すると考えています。

もちろんキャッチングやロッキングがある患者さんでは手術が必要です。前述した Jeffrey NK et al. N Engl J Med 2013; 368:1675-1684 でも術後3ヶ月間は手術群が明らかに治療成績が良好です。私の見解はキャッチングやロッキングがある症例や早期に高負荷の運動を望む症例であれば、半月板切除術や半月板修復術の適応です。ただし半月板切除術ではのちに膝OAが進行しやすくなるというリスクがあります。それでもなお、早く職業復帰やスポーツ復帰を望むという患者さんであれば手術が良いと思います。どの様な治療が適応になるか、その明確な統一された適応基準がありませんし、理学療法についてもどの様に進めるべきかについて統一された見解はありません。そこは患者さんの希望と主治医の判断に委ねられていると思います。理学療法が選択された場合には最善の治療を実践し、それをエビデンスにしていく必要があると考えています。

今回は膝OAについて記載しました。PABもMMPRT(含む半月板損傷全般)も病態としてはほんの一例です。ただ、今回紹介したもの以外でも、病態を一つ一つ明確にした上で、理学療法を展開していくということに変わりはありません。このブログが皆さんの臨床の一助になればと考えています。

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2020/08/26

ジャパンライム主催セミナー案内「解剖学に基づいた肩関節拘縮の評価と治療」

申込はこちら】(ジャパンライムサイトへ移動します)

日 時:2020年11月1日()10:00~16:00(開場 9:30)

会 場:中央労働基準協会支部
    (
東京都千代田区2番町9番地8

    JR「四ツ谷」駅下車 徒歩8分
    
東京メトロ有楽町線「麹町」駅下車 徒歩3分
    東京メトロ半蔵門線「半蔵門」駅下車 徒歩8分
受講料:11,000円(税込)
対 象:理学療法士、柔道整復師、トレーナー等リハビリテーションにかかわる方
※当日は触診とトレースも行いますので、肩が露出できる服装をご準備ください。
※昼食はご用意しておりませんので、各自お取りください。

[概 要]
日常診療でよく遭遇する肩関節周囲炎や腱板断裂において、臨床上難渋するのは、疼痛と可動域制限です。これらの病態解釈には解剖学とその機能の理解が必要不可欠です。

本セミナーでは、疼痛発生要因と可動域制限因子について解剖学を基に解説します。その上で、治療のターゲットとなる軟部組織を同定し、的確に組織間の滑走性を改善させるスキルを身につけます。

温故知新をテーマとして、我々の最新の知見も含め、肩関節治療の本質に迫ります。
どっぷり肩関節治療に浸ってもらう1日にしたいと考えています。

当日は触診とトレースも行いますので、肩が露出できる服装をご準備ください。



[内 容]
講義: 10:00〜12:30(途中5分休憩)
① 肩関節周囲炎と腱板断裂の病態、夜間痛の発生要因、患者さんは何が痛いのか?
② 肩峰下イ
ンピンジメントは本当に大結節と肩峰下間で起こっているのか?
③ 遷延化した肩拘縮はどこをどう治療するべきか? 

実技: 13:30〜16:00(途中5分休憩)

① Subacrominal BursaとCHL周囲の治療操作
② Spinoglenoid notch周囲の治療操作
③ Subdeltoid Bursaと棘下筋の治療操作
④ Axillary archと烏口腕筋の治療操作


[講 師]小野 志操(おの しそう)
京都下鴨病院 理学療法部 科長
専門理学療法士(運動器)
整形外科リハビリテーション学会上級指導員

 
平成11年 平成医療専門学院理学療法学科卒業
平成21年 畿央大学健康科学研究科修士課程修了(修士:健康科学)

申込はこちら】(ジャパンライムサイトへ移動します)

2020/08/23

With Corona Project ④ 〜 理学療法のコツ⑴ 〜 「凍結肩(拘縮肩)に対する理学療法の考え方」

FAVPGNフリー素材より引用 





研修会やセミナー・学会などが中止されている昨今、臨床で悩んでいる理学療法士に向けて、何か自分自身で出来ることはないか?と考え、「OH!NO!DX BLOG With Corona Project」と題して本ブログで臨床の理学療法士としてどのように勉強し、患者治療を遂行するべきかを発信することにしました。

前回までは、3週にわたり「Snap PT diagnosis」について記述しました。その中で、臨床の理学療法士として本質的に大切な「医学的思考(病態解釈の進め方)」とセミナー参加だけでは得られない技術向上と知識を増やす方法として「勉強のあり方=反復して何度も練習(触診・画像読影)し、論文を読んで知識を増やす=これらには時間がかかり、努力が必要」ということについて記載しました。

患者さんを良くするためには、何か魔法のような手技が存在するわけではなく、「医学的思考」を体得し、日々コツコツ努力を継続するという、医療従事者として「当然の努力」しか方法はないと考えています。その中で一つの手段として、一定の領域に到達している先人から「考え方」や「技術」を対面で教えてもらえる「学会」や「ハンズオンセミナー」は有用だと思います。但し、「日々コツコツと努力をした上で」ということがポイントとなります。

さて、相変わらず前置きが長くなる私の悪い癖が出てしまっていますが、今回からは実際の病態に対してどのように私が考えているかについて、整形外科領域の理学療法士がよく遭遇する代表的疾患を通して記載したいと思います。第1回目は「特発性凍結肩(拘縮肩)」について述べたいと思います。

五十肩という呼び名が一般的ですが、この病名は江戸時代の「俚言集覧」という国語辞典から引用されたものです。フランス人のデュプレーが1872年に「肩関節周囲炎」として発表し、1934年にコッドマンが筋攣縮や肩甲上腕関節の拘縮を起こしている状態を「frozen shoulder」と命名しました。その日本語訳として「凍結肩」という用語が用いられています。凍結肩は原因不明の「特発性」の肩関節拘縮と定義されています。

発生要因として糖尿病、甲状腺疾患、デュピュイトラン拘縮、喫煙などの関与が指摘されています。発生頻度は人口の2~5%とされていますが、糖尿病患者の場合は20%ほどに発生すると言われています。

基本的には何らかの要因で、肩甲上腕関節内に炎症(滑膜炎)が波及することによって疼痛と可動域制限が発生する病態と考えられています。その病期については皆さんもご存知の通り、以下の3つに分けられています。

①急性期:強い疼痛のために、肩関節全方向への可動域が制限される時期ではあるが、真の拘縮はないと言われています。運動時痛、安政時痛、夜間痛などが特徴とされます。

②凍結期:特に肩甲上腕関節に限局した他動可動域制限を生じている時期(もちろん肩甲胸郭関節にも問題がある場合がほとんどです)で、疼痛は軽快してきてはいるものの、肩甲帯の動きにより見かけ上の挙上や内外旋運動が行われています。このため肩関節の挙上時に「いかり肩(Shrug shoulder)」となります。

③寛解期:可動域制限や疼痛が改善してくる時期。

病期があるということは、病期ごとに病態が異なります。病態が異なれば治療方法も病期ごとに変える必要があります。

【私の治療方針(病期ごとの治療戦略)】

⑴安静時痛・夜間痛の有無を確認:じっとしていても痛いこの時期(個人的には急性期前期と捉えています)には安静と投薬が治療の第一選択となります。そうです、この時期に闇雲に肩関節を動かしてはいけません。この時期に可動域練習のようなことを行うと結果として治療期間の長期化(症状の遷延化)を招きます。若手の理学療法士が凍結肩治療を難しく感じる多くの理由は、この時期に肩関節の可動域を出すような操作を積極的に行っていることが原因と考えています。症状の原因が炎症であるこの時期の治療に必要なことは「炎症の早期鎮静化」です。となると、我々理学療法士にできることは「安静を保ってもらうように病態を説明すること」と「安楽肢位の指導」しかありません。安静のために、ときには「三角巾」による固定も必要です。(本来、三角巾固定の判断は医師による診察の段階でなされるべきと考えていますが、状況に応じて、理学療法士から医師へ相談することも大切です。)夜間痛は多くの場合、就寝時に肩甲上腕関節が伸展位となっていることで、関節内圧が上昇し誘発されています。この場合、肘関節の下にクッションを入れたり、就寝姿勢を外国のドラマに出てくるような枕などでギャッジアップしたような状態にするなどの工夫が必要となります。本質的な治療は医師による消炎鎮痛薬や睡眠導入薬の内服、関節内への注射療法が主体となる時期です。またこの時期の理学療法は関節運動を伴わない攣縮筋のリラクセーションと愛護的で他動的な肩甲骨運動と肩甲上腕関節運動を数回程度行うだけで十分です。この時期に決して自主トレーニングや積極的自動運動の指導や他動運動を行ってはいけません。前述した治療を行うことで2〜3週間の期間で夜間痛や安静時痛は消失ないし軽減します。

⑵急性期後期:少なくとも安静時痛が消失し、夜間痛は寝返りなどの体動時に限局され、夜間痛があったとしても、体を起こすほどではなくなってきたこの時期を急性期後期として捉えています。この時期に実施する理学療法最大のポイントは夜間痛の完全消失と愛護的可動域練習です。絶対に疼痛を伴うような徒手操作や自主トレーニングの指導を行ってはいけません。この時期に強い強度の理学療法を実施してしまうと、炎症が再燃してしまいます。若手の理学療法士が失敗しやすいピットフォールです。とはいえ軟部組織に加える負荷が弱すぎると過剰な拘縮を完成させてしまいます。何度も先輩理学療法士の技術を見て盗み、トライアンドエラーを繰り返して、技術を体得しなければなりません。そして、この時期の理学療法のターゲットはSubacrominal bursa(SAB)、烏口上腕靭帯(CHL)、棘上筋、棘下筋、小円筋、Spinoglenoid notch周辺の滑膜性脂肪組織(SGNF)となります。これらの組織の滑走性が十分に改善し、柔軟な状態となることで、確実に夜間痛は消失します。これらを理学療法ターゲットとすることで、一つにはSAB内圧が軽減します、そして鎖骨下動脈から分岐した三角筋枝、肩峰枝、上腕回旋動脈の血流が改善します。SAB内圧減少と回旋動脈流量増加が夜間痛の軽減には必須です。目安としては、症状として夜間痛が完全に消失し、肩関節固有の可動域(肩甲上腕関節単独の可動域=肩甲骨の回旋を伴わない可動域)で挙上95°、外転95°、伸展20°、下垂位外旋20°以上が痛みなく獲得できていれば、この時期の理学療法としては満点と考えています。ここまでに(病状により)およそ2週間から4週間程度かかる(もしくはかける)と思います。⑴の時期と合わせると4週間から8週間位ということになります。中にはもっと早く良くなる患者さんもいますし、もっと時間がかかる患者さんもいます。それは病状によります。個人的な感覚としては急性期(前期+後期)が4週間以内で収まれば、まずまず良好な成績と考えています。

⑶凍結期:この時期は炎症の鎮静化と引き換えに完成した関節可動域制限が主訴の主体となります。⑴と⑵の時期に適切な理学療法が実施できていれば、この時期の可動域制限を最小限とすることが可能となります。ここでどの組織を理学療法のターゲットとするべきか、という疑問が湧いてきます。皆さんは凍結肩には2つのタイプがあるということをご存知でしょうか?立原久義先生(大久保病院 明石スポーツ整形・関節外科センター)が肩関節36(2).695-699, 2012 で報告されています。一つは「大胸筋タイプ(前方タイプ)」ともう一つは「肩甲骨・肋骨下制タイプ(後方タイプ)」と命名されています。

「前方タイプ」の特徴:大胸筋の圧痛、胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛を有する。肩甲骨の運動は比較的保たれている(あっても軽度)。初診時他動可動域が、挙上110°以上、外旋20°以上、結帯L2以上。治療期間5.6ヶ月。

「後方タイプ」の特徴:肩甲下筋・小円筋・棘下筋など腱板筋の圧痛を有する(大胸筋の圧痛や胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛はない)。肩甲骨運動が著明に制限されている。初診時他動可動域が、挙上100°程度、外旋15°程度、結帯L4程度。治療期間9.2ヶ月。

(さらに心理的要素に起因したHypermobile scapulaタイプについて立原久義ほか BoneJoint Nerve3. 639-649. 2013も報告されていますが、今回は割愛します。)

このようにタイプが異なるということは、病態が異なるということです。病態が異なれば、当然ながら治療方法が異なって然りです。

前方タイプに対する私の評価と治療:前方タイプとはいえ、8割ほどには腱板筋に圧痛を認めると報告されています。決定的に異なるのは、「胸鎖関節・肋鎖関節の他動運動時痛」ということになりますので、初診の際に大胸筋の圧痛と合わせてこの所見を確認します。これら特徴的所見が得られた場合、理学療法のターゲットは腱板筋と大胸筋、烏口腕筋、広背筋、大円筋が主体となります。腱板筋の滑走を促し、筋攣縮を除去することはもちろんですし、これら以外の筋や靭帯などの軟部組織に対する治療も必須ですが、合わせてターゲットとして挙げた組織に対しての治療を忘れてはいけません。大胸筋と広背筋を繋ぐAxillary archとその深層に存在する烏口腕筋の拘縮治療を行うことで、良好な治療成績が得られやすいと考えています。我々の研究では烏口腕筋の拘縮治療は凍結肩治療に有効であり、Axillary archを構成する筋も合わせて治療を行うことが有効であると考えています。

後方タイプに対する私の評価と治療:後方タイプの決定的な特徴は肩甲骨の可動域制限です。特に下制、下方回旋、内転、後方傾斜が制限されていると報告されています。我々は肩甲骨の可動域制限には外側縁に付着する筋の拘縮が関与している可能性について報告しました。これらを合わせて考えると、理学療法のターゲットは腱板筋と小胸筋、肩甲挙筋、前鋸筋、広背筋、大円筋が主体となります。前方タイプに対する治療でも前述しましたが、これら以外の軟部組織に対する治療、特に肩甲上腕関節の可動域制限をしっかり除去することは絶対的に必須となります。前出の我々の研究では肩関節屈曲位内旋と肩甲骨下方回旋に関連があることが解っています。つまり屈曲位内旋(いわゆる3rd内旋)の可動域を改善することで、凍結肩に特徴的な肩甲骨下方回旋は改善しやすくなります。

さらに凍結期では、どちらのタイプであっても、徒手療法と併せて理学療法ターゲットに有効な自主トレーニングを行っていただきます。(自主トレーニングの詳細については今回は割愛しますが、治療ターゲットが決まってしまえば、自ずとそのやり方は決まってきます)

もちろん全ての症例がどちらかのタイプに分類できるとは考えていません。特に経過が長い症例(いろいろな病院やクリニック、接骨院などを転々とした症例やそのうちよくなると思って放置していた症例)など我々の目の前に来られた時点で凍結期を向かえられていて、高度な拘縮が完成してしまっている場合などでは、そもそもタイプ分類が困難です。いずれにせよ、一つ一つの所見を丁寧にとり、問診、理学所見から病態を把握して理学療法を展開する必要があることに変わりはありません。凍結期の治療期間が概ね12週から24週程度であればまずまず良好な治療成績で寛解期を向かえることとなります。

高度な拘縮が完成している症例に対する治療:凍結期から理学療法を行わなければならない症例に対する治療は難渋しますし、治療期間が長期化します。運動時痛がないにも関わらず、挙上可動域が90°未満(なかには45°未満)といった症例です。私の経験では12ヶ月以上治療期間を有する場合もあります。このような症例では可動域改善が一朝一夕には進みません。それは病態の背景に組織間の癒着や組織の短縮が存在しているからだと考えています。高度に癒着している場合、それを徒手で剥離することは困難ですし、筋が短縮している場合では筋節数(サルコメア数)が増えない限り、筋束長や筋長が変化することはありません。つまり、こつこつと癒着剥離操作を行いながら、筋節数が増加(リモデリング)する期間が必要になるということです。(病院に設備があるような)医師の考え方からすると、このような症例では鏡視下全周解離術や麻酔下(ブロック下)マニュピレーションを行ったほうが早いと考える場合もあります。そこは医師と患者さんの判断に委ねられる領域ですが、3ヶ月ないし6ヶ月程度の理学療法の期間で徐々にでも(患者さんが満足するスピードで)可動域や症状が改善していれば、理学療法による治療を継続するという場合もあります。このような症例にあっては前述した治療や自動運動(自主トレーニング)と合わせて、スピードトラックを用いた持続伸張(持続牽引)が有効です。

図1: スピードトラックを用いた持続伸張

図1で示すように、肩甲上腕関節の肩甲骨側をベルトで治療ベットに固定した上で、上肢の重さと同等の5kg程度(適度な伸張感が得られる重さ)で10分×2セット持続的に肩甲上腕関節に離開する伸張を加えます。これは患者さんが可能な最大挙上角度よりもやや下げた角度で行います。そうすることで、疼痛自制内で持続的に伸張を関節包靭帯や周辺軟部組織に加えることが可能となります。

図2:①トラックバンドとエラスコット包帯、②アンダーラップ

用いるのは図2①で示すトックバンドとエラスコット包帯です。②で示すようにまずアンダーラップを患者さんの前腕に巻きます。

図3:③トラックバンドを包帯で巻く、④肩甲帯のベルト固定

次に図3③で示すように、トックバンドを前腕掌側と前腕背側に肘関節遠位に挟むように当て、エラスコット包帯でバンドがずれない程度の圧力で巻き上げます。次に④で示すようにベルクロのついたベルトで肩甲帯を治療ベッドに固定します。あとは図1に示したように牽引するという手順で行います。

この持続伸張(牽引)の方法は肩関節だけでなく、膝関節など他の関節の高度な拘縮治療に有効です。写真ではよく分からないかもしれませんが、ご自身で工夫してトライしてみてください。関節包靭帯の拘縮治療として有用であると思います。

今回は「特発性凍結肩(拘縮肩)」に対して私が行っている理学療法とその考え方について記載しました。今回の内容なほんの一例です。本質的に私が皆さんに伝えたいことは、繰り返しになりますが、毎日コツコツ勉強し、繰り返し練習することです。このブログが整形外科領域で臨床に向き合っている、若手の理学療法士の皆さんと患者さんの一助になれば幸いです。

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2020/08/16

Snap PT diagnosis〜理学療法診断を一発で決める③〜「画像を読む」


15年前のノートより「下手な絵で恥ずかしい限りです」
 


Snap PT diagnosisのために必要なスキルとして今回は「画像を読む」力をどう身につけるか、について記述したいと思います。

臨床5年目の整形外科リハビリテーション学会宿泊研修会で、恩師 加藤明先生に「とにかく毎日見なさい」と教えられ、尊敬する松本正知先生に「絵を描きなさい」と教えられました。整形外科リハビリテーション学会に所属する先輩方にも同じことを教わりました。

同じ部位の画像を「100枚見れば違和感を感じることができる」「1,000枚見れば異常に気づく」「10,000枚見れば読影できるようになる」と教わったことをきっかけに、毎日画像を眺める日々が始まりました。そして担当患者さんの画像を絵に描くノートも作りました。

コツコツと努力を続けるうちに「あれっ、なんかおかしいぞ」と感じるようになり、「ここは皮質骨の連続性がたたれているな」とか「健側と患側で骨梁が違うな」とか異常に気付くようになっていきました。

あれから15年経った今ではそれなりに読影できるようになってきました。具体的にいうと整形外科医から「どうして小野くんはPTなのに画像が読めるの?」とか「どこで読影を習ったの?」と聞かれるくらいのところまでは到達しています。

今、後輩に私は同じことを言っています。

「画像を読む」力を養うコツはあります。それは後述しますが、大切なことは「正常な画像も、異常な画像も、含めて毎日、繰り返して」見る、描く、ということです。。

その作業を通して思考が変化し、多くのことを学ぶことが出来る様になっていきます。最近では理学療法士の養成校でも「画像診断」の授業があると聞きます。「画像読影」のコツを教わることは悪くありませんが、コツを教わるだけで「画像読影」が一朝一夕に出来る様になるなら苦労はしません。

本質的には「触診技術」や「治療技術」と同じで、とにかく「反復練習」が必要です。そうです「画像読影」能力を身につけるためには「時間」がかかるのです。

この「時間」を「憂鬱な忍耐の時間」と捉えるか、それとも特殊能力を身につけるための「楽しいときめきの時間」と捉えるか、それはあなた次第です。

私が経験した感覚では、この「画像を読む」ために必要な能力が「ある臨界点」を超えると、「画像が私に語りかけて来る」ような感じになります。「異常所見を探す時間から解放される」という感覚です。それまでの私は「異常所見や病変」を一生懸命探していましたが、そうではなく画像のほうから私の目に飛び込んでくるようになります。

一旦こうなると「画像読影」力は一気に開花していくようになります。これは英語のリスニングの練習と似ている感覚です。あれって、ある日突然聞こえ出しますよね。もちろん知らない単語は聞き取れないんですけどね。ほんとあの感覚と同じです。

前置きが長くなりましたが、「画像読影」のためには大切なことなので、お許しを。

「画像を読む」ためには以下のことが必須になると考えています。(「画像読影」力を手に入れるためのコツ)

①正常解剖を知る。そして正常画像を脳に叩き込むこと。これも「触診技術」と同じです。正常を知らなければ、異常には気づけません。やはり解剖が重要です。そして、解剖の本を片手に画像と見比べることが大切です。その上で、それを絵に描きます。そうすることで、画像から得られた情報と解剖がマッチングするようになり、単純X線画像からだけでも軟部組織の損傷が推察できたり、CT画像やMRI画像、エコー画像の読影にも繋がります。

②必ず単純X線画像から見る。確かに3DCTやMRI、エコーは分かりやすく、それらでしか知り得ない情報があります。私はそれでもなお、単純X線画像から読むようにしています。それはなぜか。⑴全体のアライメントが理解できる、⑵唯一、全体が透過して見ることができる画像、⑶解剖さえ理解していれば多くの情報が推測できる、この3点です。単純X線画像から得られる情報は本当に多いと感じています。そして、この段階であらゆる可能性を念頭において「理学療法診断」の材料としていきます。例えば皮質骨や骨梁の不正像と問診から得られた情報を合わせることで、どの方向から、どのように外力が加わったのかが想像できます。これは「全体」が見える単純X線画像の強みの一つです。単純X線画像を見てから、CT断面像→3DCT像→MRI画像→エコー画像、と読み進めていくことをお勧めします。これを繰り返すことで、MRI画像やエコー画像の読影力が確実に増していきます。

③異常所見を探索する。「あれっ、さっき、画像の方から飛び込んでくるようになるって言ってたじゃん!」という声が聞こえてきそうですが、いきなりそんなことにはなり得ませんから。異常所見の見落としは、「理学療法診断」の過程で致命的です。⑴上から下、⑵左から右、⑶輪郭を見る、⑷骨梁を見る、⑸嚢包や溶骨病変を見る、⑹造骨病変を見る、⑺健患側を比較する、⑻関節の適合性を見る、⑼軟部組織を投影する、など一つ一つ確認していく作業を行います。これらをルーティンにして、システマティックに丁寧に隅から隅まで行います。もちろんこの際に、様々な病態を念頭において確認していくことが重要です。問診から得られた情報から様々な病態を想起しておき、一つ一つ消去法で確認していきます。そうなんです。「画像読影」には「知識」が必要なんです。例えば、肩関節の画像を読むとします。主訴、年齢、職業、スポーツなどの患者背景や理学所見(Painful arc sign、Impingement sign、Apprehension sign、Tenderness sign、etc...)などから拘縮肩、脱臼、腱板断裂、骨折など様々な病態を想起しておき、画像を確認していきます。これらの「知識」を背景として「画像」と向き合うことで、「網にかかった画像所見」を蓄積していきます。いい例えが浮かびませんが、警察24時などでよくある、暴走族を検挙するのに、パトカーが先回りして、幾つかの検問所を設置したり、待ち伏せする作戦と同じような発想です。暴走族の行動パターンや街の地理を熟知しているからこそ、成功する作戦です。闇雲に暴走族を追跡してもなかなか一網打尽にはできません。それと同じで、いくらたくさん画像を見ても、「知識」がなければ話にならないということです。そして、もう一つコツとしては、画像が読める人と一緒に見る時間を設けることです。整形外科医のカンファレンスに参加したりすることが近道だと思います。もちろん先輩PTで読影力がある人がいればそれに越したことはありませんが、PTにはPTの見方、医師には医師の見方があります。その両方を学ぶことが重要です。見方が職種によって違う意味が分からないかもしれませんね。医師はやはり構造を治そうとする視点で画像を見ます。PTは機能にどう影響するかという視点で画像を見ることが必要となります。このどちらもが大切なのです。次に、画像読影した内容をノートやカルテにまとめて記載します。この際、異常所見だけを書くのではなく、正常所見も書くようにすることをお勧めします。例えば、「皮質骨はintact」だが「fat pad signあり」などと記載することで骨膜反応として病態を整理することができ、「理学療法診断」をどのように付けたかという自身の思考をメモすることができます。

④2Dの画像を3Dイメージに投影する。この理解にもやはり「解剖」が必要です。そして単純X線画像がどのように撮影されているかということも知らなければなりません。その上で、単純X線画像に立体的な骨のイメージを投影し、さらにそれらに軟部組織の走行を投影することで、視診や触診で得られた所見とマッチングさせていきます。こうすることで、病態を素早く理解することが可能となります。ここで欠かせないのが、「絵に描く」という作業です。実際に何度も描くことで、2Dが3Dとして理解できるようになってきます。正常解剖図と見比べながら描くことで損傷組織や加わった外力を想像できるようになっていきます。あと可能であれば、人体解剖に参加することです。日本ではコメディカルが解剖することが簡単ではありません。でも解剖できるチャンスを見逃してはいけません。常にアンテナを張って、解剖に参加できる機会を探索してください。解剖実習の参加に関しては、時間とお金を惜しんではいけません。解剖することで3Dでのイメージが構築できるだけでなく、多くの学びがあります。

騙されたと思って、①から④の作業を繰り返してみてください。1日に10人の患者さんを担当していたとしましょう。1ヶ月で20日間勤務したとすると、1ヶ月で少なくとも200枚、1年で2,400枚、5年で12,000枚の画像を見たことになります。この頃には読影ができるようになっているはずです。

浅野昭裕先生著「運動療法に役立つ 単純X線像の読み方」メジカルビュー社 はじめ、様々な出版社から画像読影のための本が出版されていますので、そのような教科書を読むのも悪くありません。ただし、いくら教科書を読んでも「画像読影」ができるようになるわけではありません。考え方や見方のコツやヒントを得ることはできますが、日々の鍛錬以外に「画像読影」力を高める方法はありません。このことは「触診技術」の獲得や「治療技術」の向上と同じです。

Snap PT diagnosisのためには「画像読影」が大きな武器となります。まさに「千里の道も一歩から」です。コツコツと継続した先に皆さんが求めているエキスパートPTとなった姿が待っています。私も日々努力を継続していきます。皆さんも共に歩みを進めていきましょう。

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2020/08/08

Snap PT diagnosis〜理学療法診断を一発で決める②〜「触診技術」

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前回はSnap PT diagnosisのために必要なスキルとして「問診」を取り上げました。

今回は「触診技術」の大切さについて記述したいと思います。
私の恩師 林典雄先生著の「運動療法のための機能解剖学的触診技術」(メジカルビュー社)はあまりにも有名で今更という感が無きにしも非ずですが、Snap PT diagnosisには欠かせないスキルです。さらに付け加えるならば、単に組織を「触る」ということだけではなく、それが「検査」にもなり「治療」にもなると考えています。

「触診技術」というと「匠の技」的イメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。もちろんそういう側面もあります。「技術」である以上、医師で言うところの「手術」のように経験がものをいうことは否定しません。ただ「技術」は「練習」を重ねることで確実に向上すると考えています。

非特異性腰痛における理学所見の信頼性に関するシステマティックレビューで、「触診」は「信頼性が低い検査」であり、そのことに「中等度のエビデンス」があるとする一方で、「信頼性が高い検査」と質が高い論文で報告されているものもある、と記載されています。特に興味深いのは、「筋緊張」や「スパズム」の評価において「信頼性が低い」と報告されているものもあれば、kappa値が0.85を超えると報告しているものもあるということです。一般にkappa値が0.80を超えると完全に一致していると考えられますから、「信頼性が高い」検査方法ということになります。
May et al: Reliability of physical examination procedures in non-specific low back pain. Australian Journal of Physiotherapy 2006

このことは一体どう解釈すれば良いのでしょうか。

私の解釈は至ってシンプルです。「触診」が「技術」である以上、「技術」レベルが高い人たちであれば、所見は一致し、「技術」レベルが低い人たちでは一致しない、ただそれだけのことと考えています。

Michael Masaracchio(Long Island University 教授、PT)の著書「Clinical Guide to Musculoskeletal Palpation ISBN: 9781450421249 のIntroductionには以下のような記述があります。(括弧内文章はOH!NO!DXによる補足)[以下、OH!NO!DX訳]

触診は繊細な心理的要素を伴う技術であり、検査プロセスの一部と考えるべきである。
通常、検査には、少なくとも病歴、可動域評価、筋力検査、整形外科的検査、関節の可動性評価、神経学的評価、転帰尺度が含まれる。触診で得られた情報は、(これら検査では得られない残りの部分を補完し、)これらと統合する必要がある。このようにして収集されたすべてのデータ(所見)を統合することで、臨床医(理学療法士)は(理学療法)診断を確定し、治療戦略を実行する際の指針となり、また、臨床上の意思決定プロセスを支援することにもなる。
学生や初心者の臨床医(理学療法士)は、しばしば検査中の触診のタイミングに悩むことがある。現在のところ、検査中に触診を行うタイミングの枠組みは決まっていないが、この疑問に答えるために臨床推論のスキルを活用することを推奨する。

検査中は、患者さんから報告された症状の変化に細心の注意を払うことが重要である。例えば、最初に痛みや損傷を受けた時から症状が悪化しているのか、変わらないのか、改善しているのかを確認するために、症状の変化について患者に質問するべきである。患者が強い痛みを訴え、動くことを極度に恐れている場合は、通常、急性の損傷を示している。逆に、患者が痛みのレベルが低く、動きに対する不安感が少ない場合、これは通常、治癒の亜急性期または慢性期にある状態を示している。Maitland (2006)によると、検査プロセスの主な目的の一つは、過敏性の程度を評価することである。過敏性の高い状態は、運動に伴う痛みのレベルが高いこと、最小限の活動の後に痛みが増加すること、痛みがベースラインのレベルに戻るまでの期間が長いことを特徴とする。この情報は、検査プロセスの順序を決定するのに役立つ。

筋骨格系への外傷後、炎症反応が起こる。これは、発赤、熱感、腫脹、疼痛を特徴とする。炎症段階の目的は、外傷部位から死滅した細胞を除去し、感染症の発生を防ぐことである。この段階は約7日間続き、残りの治癒プロセスのためのステージを設定している。組織治癒の第二段階は修復期であり、組織治癒を継続するために創傷部位への線維芽細胞の発現を特徴とする(Gogia, 1992; Moore, Nichols, & Engles, 2010)。この段階で最も重要なのは、創傷に引張強度を与えるためのコラーゲンの形成である。この段階は3日から20日ほど続く。治癒の最終段階であるリモデリング段階は、瘢痕形成とIII型コラーゲンの結合組織に見られる主要なタイプであるI型コラーゲンへの変換によって特徴づけられる。この段階は10日目頃から始まり、組織が損傷前の強度に戻るまで続きます。これらの相は互いに排他的なものではなく、プロセス全体を通して重要な重なりが生じていることを覚えておくことが重要である(Gogia, 1992; Moore et al., 2010)。

触診は時に組織を刺激し、検査の残りの部分[可動域、筋力検査など]から収集した情報の正確性に影響を与えることがある。患者の病歴から、過敏性の程度を臨床医に伝えるべきである。これにより、検査の最初に触診を行うべきか、検査の最後に触診を行うべきかを判断することができる。この判断には継続的な臨床判断が必要であるため、学生や臨床経験の浅い医師(理学療法士)には難しい場合がある。そこで、一般的な経験則として、触診は検査の最後に行うべきであると考える。これにより、臨床医は検査の中で触診を行うための標準化されたポイントを得ることができ、触診が組織を刺激する可能性を減らすことができる。

以上。

ここでポイントになることは、「症状発現の様式(急性か慢性かなど)」を考慮した上で、「触診だけではなく他の所見と統合解釈」することで、「理学療法診断を確定」し、「治療戦略の指針」となり、「臨床上の意思決定の指標」とすることが可能となるという点であると考えています。さらに検査を行う順序として本書では書かれていますが、順序だけでなく、「触診」により得られる情報は、臨床経験が浅い理学療法士にとって判断が難しい場合がある、と述べられている点にも共感します。

本書はこれらを諸言として述べた上で、触診技術について360ページにわたり記載されています。触診の方法については、個人的な意見として、林典雄先生の著書をご参考にしていただいた方が役立つと思いますが、触診そのものの考え方は洋の東西を問わず、古今を通じて同じだと感じています。

正確な「触診技術」を身につけることで、Snap PT diagnosisの大きな武器となることは間違いありません。

先日このような患者さんを担当させていただきました。数年来の膝痛に悩まされ、幾つかの病院で手術を受けられ、それでも症状が改善しないため、当院を受診して手術をされました。当院での手術によりほぼ症状は改善されましたが、当院での術後にも膝前外側部痛は残存されていました。ご自宅が遠方であるため、術後のリハビリテーションは他院で受けられていましたが、術後8ヶ月目の抜釘のタイミングで当院にリハビリ目的の入院をされました。ご本人の強い希望で私に理学療法をということで、担当することになりました。膝前外側部痛は手術を受けても、他院や、自費診療施設など様々な治療を受けても改善しなかったそうです。画像所見を確認した上で、丁寧に問診をし、理学所見も取りました。最後に触診をすると、患者さんが訴えている箇所ではないものの、違和感を感じる箇所を見つけました。患者さんの主訴は膝前外側部痛(ちょうどGerdy結節のあたり)でしたが、私が違和感を感じたのは大腿二頭筋短頭の大腿骨遠位1/3よりさらにやや遠位でした。そこに圧痛が存在し、それは主訴の部位へと放散するような感じがあるとのことでした。同部は健側と比較すると明らかに筋収縮時の浮き上がるような動態を触れることができませんでした。そこで、同部の滑走性と収縮時の浮き上がりを促すような徒手操作を行うこととしました。徒手操作を行うこと10分程度、滑走性が改善してきたことを触診で確認し、歩行を行ってもらいました。すると、「あり得ない、痛くない、今までの時間は一体なんだったんだ」と喜んでくださいました。そう「一撃」で改善です。数年間も悩まれた症状が10分で改善しました。もちろん何年間もかけて作られた軟部組織の変化ですから、翌日には少々症状がリバウンドしましたが、それでも理学療法診断が確定した瞬間でした。Snap PT diagnosisです。なんだが自慢話のようで申し訳ありません。でも事実なのでお許しを。翌日同部を超音波画像診断装置で確認すると、大腿二頭筋短頭の深層部(起始部)が健側と比較して真っ白で「瘢痕化」を疑う画像でした。しかも収縮させてもほとんど動かない状態です。触診と画像がマッチングしていました。こうなれば、症状改善のために行うことは決定されます。Snap PT diagnosisの重要性を再認識することができた症例です。

私が確信していることとして、触診技術が高まることで、治療技術も高まります。私は徒手操作による理学療法を大切にしています。それは、整形外科医が構造破綻の改善を担い、理学療法士は機能破綻の改善を担っていると考えているからです。もちろん運動を行うことで、機能が改善するという部分もあります。ただ、いくら運動を行っても機能的に動けなくなった部分を改善することは難しいと考えています。

徒手操作による治療=手技療法=Manual therapyとも表現できるかもしれません。

日本における「手技療法」という言葉には正直なところ、個人的にあまりいいイメージを持っていません。それは「〇〇法」や「〇〇テクニック」と呼ばれているような、「手技」だけが一人歩きしている「手技療法」を想起してしまうからです。

私が行う「徒手操作による治療」はあくまでも「解剖学」「生理学」「運動学」に基づいた治療です。中でも詳細な解剖に基づいて、筋が治療の対象であれば、その筋束が収縮できるように操作し、靭帯が治療の対象であれば、骨膜上を滑走させるように操作します。「手技」として「特定のやり方」ではなく、「解剖」に即した「やり方」を大切にしています。

このことは「触診技術」の獲得にも同じことが言えます。触診のやり方を覚えるのではなく、解剖を熟知して(透けて見えるかの如く、詳細に理解して)、まずはそこの「正常」な感覚をしっかりと知ることです。そうすれば、「異常」に気づくことができます。

「異常」を検知するためには、「正常」を知らなければなりません。

このことは画像読影でも同じです。そして繰り返し、反復して練習することを欠かしてはいけません。何度も言うように「触診」は「技術」だからです。練習なくして「技術」の獲得はあり得ません。当院のスタッフには少なくとも3年間は毎日触診の練習をしなさいと言っています。前回の「問診」の項でも書きましたが、技術の向上に「王道」や「近道」はありません。

このブログを読まれたキャリアの浅い理学療法士の先生方には是非、毎日「触診」を練習していただきたいと思います。そして華麗にSnap PT diagnosisを決め、「一撃」でよくする治療技術を身につけていただくことを願って止みません。

最後に、IFOMPT(International Federation of Orthopaedic Manipulative Physical Therapists)https://www.ifompt.org は、手技療法の技術を次のように定義しています。「組織の伸展性の改善、関節複合体の可動域の拡大、軟部組織や関節の動員や操作、リラクゼーションの誘発、筋機能の変化、痛みの調整、軟部組織の腫脹、炎症、運動制限の軽減などの効果をもたらすことを目的とした熟練した手による技術であるとし、American Academy of Orthopaedic Manual Physical Therapists (AAOMPT) https://aaompt.orgのDescription of Advanced Specialty Practice (DASP)によると、整形外科的手技療法(OMPT)は理学療法士によって提供される「ハンズオン」治療であると定義されています。高い水準の治療技術には「触診技術」が欠かせないと考えています。

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2020/08/02

Snap PT diagnosis〜理学療法診断を一発で決める① 〜「問診」


フリー素材イラストACより引用           


“ Listen to the patient. He is telling you the diagnosis. ” 
患者の言葉に耳を傾けよ。患者はあなたに診断を告げている。」

とはカナダの内科医 William Osler (1849-1919)の有名な言葉です。

医師の世界では「問診で8割がた診断がつく」と言われています。

私も理学療法を進めるにあたって、問診がとても重要であると感じています。「8割」かどうかはさておき、問診で多くの情報を得ることができ、理学療法診断に役立つことを経験しています。

現代の医療では検査や画像所見がとても重要視されています。近年では超音波画像検査が理学療法士の世界でも持て囃されています。検査や画像所見はもちろん重要です。でも同じくらい問診も重要です。問診力を磨けば、臨床経験が浅い理学療法士でもベテラン理学療法士のように迅速かつ適切に理学療法診断ができる可能性が高まると考えています。


一発で理学療法診断(Snap PT diagnosis)が決まると気持ちいいものです。後輩が「なぜこの症状が出ているのかさっぱりわからないなあ」と首をひねっている時に、ふと立ち寄ったベテランPTが「この症状でこの所見なら〇〇だよね」と一瞬で見抜いてしまう、ベテランPTの頭にはパターン認識の回路ができ上がっているのです。これはPTの世界でいうところのトップダウン評価とは似て非なるものと考えています。私の解釈では、トップダウン評価とは、一つの所見から様々な事象を推察して評価を行うことと捉えています。それに対して、Snap PT diagnosisは様々な所見を「統合解釈」して正確に理学療法診断を付けるものと理解しています。


先日、こんな患者さんを初診でみました。

自転車走行中に左側から自動車に追突され、それ以降、幾つかの病院を回ったものの、腰痛症状が改善しないとの主訴で当院を受診され、理学療法が処方されました。


よくよく問診をすると、腰椎を右回旋したときに症状が再現され、左回旋では症状が出現しません。右側屈のKemp testは陽性ですが、左側屈では陰性です。右ASLRでは下肢挙上は安定していますが、左では下肢挙上が不安定です。圧痛はL3/4、L4/5椎間関節とL4多裂筋にみられました。単純X線画像所見に目を向けると左L3/4、L4/5椎間の椎間関節が離開する方向へ腰椎の回旋が確認されました。MRI画像からはL4/5椎間関節包に高輝度変化がありました。これらの所見から左L3/4、L4/5椎間の不安定性が疼痛出現の要因と考え、疼痛出現の原因部位は同椎間関節包靭帯と推察しました。腰椎を軽度左回旋させた背臥位で左ASLRを行うと下肢の挙上は安定し、更に左責任椎間関節を用徒手的に固定して右側屈Kemp testを行うと症状が減弱しました。

「症状が出現する条件」と「症状が減弱する条件」を見つけることが出来たことで理学療法診断に繋がります。


私の理学療法診断は外傷性左L3/4、L4/5椎間関節不安定症による運動時腰痛症状です。現在理学療法4回目で徐々に症状が出現しにくくなってきています。


理学療法診断が明確になると、行うべき理学療法は自ずと決定されます。


私の問診は5 STEPで行っています。


STEP1:患者さんとのラポール形成

「幾つも病院を廻られたんですね」「なかなか理解されないと辛いですね」など声をかけます。ここで医師のカルテから得られた情報を基に、姿勢や動作、歩容も確認しておき、「動作もしくは姿勢が〇〇ですから、こんなことをすると痛みますね」や「画像を確認しましたが、〇〇な所見もありますね」など事前に十分確認して初診に臨んでいることを伝えるとさらに患者さんに安心感を持っていただけます。


STEP2:現病歴の確認

「いつ受傷されましたか」「いつ頃から症状がありますか」=これは単に時期を確認するのではなく、症状出現から現在までの期間を確認しています。現症出現からの期間が短ければ、急性症状が疾患や病態( 炎症など)を想定して問診を進めますし、一定程度期間が経過していれば、当初と症状が同じなのか、それとも症状が変化してきているのかを確認することで慢性症状が出現する疾患や病態(神経症状や関節不安定性など)を想定して問診を進めます。


同様に年齢も重要な要素となります。分かりやすい例で言えば、「膝が痛い」という主訴でも、小学生であればオスグッド、中高生であればAKPSや有痛性分裂膝蓋骨なども念頭に置きますし、ご高齢の方では変性疾患や膝OAなどを想定して問診を進めることになります。それ以外にもPlica障害や膝蓋骨不安定症など様々なことを想定し、問診の中で取捨選択していくことになります。


「受傷したときにどのような格好でしたか」「気がつくとどんな姿勢でしたか」「症状が出る前後に何か変わったことがありましたか」=これらを確認することで症状出現部位ごとの受傷特徴と照らし合わせていきます。例えばACL断裂non-contact injury症例では8割が受傷後仰向けになる瞬間があります。受傷した瞬間「空や天井が見えていたか」、「気がついたら地面が見えていたか」、「どの方向を向いていたか」、「どんな姿勢になったか」など、なるべく詳細に聴取します。ここで大切なことは漠然と質問しないことです。「受傷したときのことを教えてください」と質問すると十中八九「一瞬のことでよく覚えていない」と返ってきます。質問に際しては、特定したい疾患や障害の特徴を念頭において、具体的に聴取を進めることが重要となります。そのためには疾患の特徴を知識として整理しておく必要があります。


STEP3:生活歴や仕事歴、運動歴の確認

案外見落としがちな事項です。理学療法診断において運動機能障害の遷延化を招く、機械的刺激がどの程度障害部位に加わる生活動作をしているかということを確認します。何人暮らしで家事はどう分担されているのか、1人暮らしで生活しているのと、4人暮らしで家事を全てこなしているのとでは、生活動作における運動負荷量は異なります。具体的な仕事の内容や過去の運動歴、合わせて既往歴や嗜好品などについても聴取します。生活習慣病の傾向があるか、喫煙の有無なども含めて詳細に聴取します。「実は子供の頃に〇〇がありました」や「学生時代に膝が痛かったことがあります」、「そういえば数ヶ月前にも、今回ほどではないけれど、似たような症状がありました」など理学療法診断に繋がる重要な情報を収集できることも少なくありません。


STEP4:疼痛部位や症状の確認

疼痛部位や症状の確認の仕方として有名なOPQRSTがあります。


O(Onset):発症様式 〜…しようとしたら・いきなり(突発)、先週から・昨日から(急性〜亜急性)、先月から・数ヶ月前から(慢性)


P(palliative/provocative):増悪・寛解因子 〜 日に日に悪化(炎症性)、特定の動作・姿勢による(機械的刺激)


Q(quality/quantity):症状の性質・ひどさ 〜 鋭痛・鈍痛・運動時痛・安静時痛・夜間痛


R(region/radiation):場所・放散の有無 〜 びまん性(全体的に:神経性、筋損傷など)、局在性(Pin - point:その局所に問題がある場合が多い)


S(severity/associated symptom):程度、随伴症状 〜 歩行困難になるが休憩すれば歩ける、肩挙上はできるが、90°付近で痛むなど、起床時が辛い、夕方以降に辛いなど特徴的所見


T(time course):時間経過 〜 Onsetからの期間


これらの所見から症状の局在はどこか、軟部組織性か骨性かもしくは神経性かなど絞り込んでいきます。合わせて触診による圧痛所見の確認と整形外科テスト(ストレステスト)を行うことで、「症状が再現できる状態」と「症状が減弱できる状態」を見つけ出していき、責任部位を同定していきます。ここでも漫然と聴取したり、所見を取ることはタブーです。「圧痛は〇〇筋と〇〇筋と、あとここにも、あそこにも…」ということは若手の理学療法士によくあることです。あくまでも絞り込みを進めながら理学所見をとっていくという作業が重要です。そうすることで病態を解き明かすのに必要な所見(Primaryな所見)と随伴している所見(Secondaryな所見)を判別していくことが可能となります。

そしてもう一つ大切なことが「訴えのない疼痛や症状を見つけ出す」ということです。問診を進めていく中で、いくつかの病態に絞り込まれていたとします。自分が想定した病態であれば、「ここにも症状があるのでは」という局所の所見を探索するということを必ず行います。すると「こんな所が痛かったのは気づかなかった」というような反応があることはしばしばです。このような「訴えのない疼痛や症状を見つけ出す」ことができると、理学療法診断が大きく前進します。


STEP5:全体像の確認

STEP4が終わる頃には、おおよそ理学療法診断がついた状態となります。最後に全体を通して再度確認作業を行います。ここで大切なことは、自分の考えや診断プロセスに見落としがないか、何かのバイアスにとらわれていないか、もしくは敢えて異なる視点から再度考察し直してみます。この作業はとても重要で、この過程で新たな気付きや可能性を発見することも少なくありません。理学療法を進めていく上で最も気を付けなければならないことは「思い込みや決めつけ」で治療を進めてしまうということです。人は見たものを信用してしまいます。得られた所見や症状の原因の可能性が一つではないこともあります。例えば、肩外転90°で肩外側に痛みが出るという所見があったとします。皆さんならどう考えますか?肩峰下インピンジメントと考える方もいると思います。私の場合、それ以外にもGleno-spinoid notch部での棘上筋・棘下筋の滑走不全、同部での滑膜性脂肪の変性、QLSSでの腋窩神経症状、GHL拘縮による腋窩神経症状、三角筋後部線維と棘下筋間のSDGの変性、RCTによる炎症性疼痛など幾つかの可能性を考え、一つ一つ確認していくという作業をここで再度行います。この作業を怠ると、結果として治療経過の長期化に繋がってしまいます。丁寧に診断を進めていくことを忘れてはなりません。


最後に、レオナルド・ダ・ヴィンチは「単純であることは究極の洗練である」と述べています。理学療法診断が確定し、治療効果が現れると、病態解明に難渋したものの、解ってしまえば意外にもシンプルな病態であったということは往々にしてあります。丁寧な問診により疾患を決定づける重要なヒントを見いだせるかもしれません。Snap PT diagnosisをアーティスティックに決められる理学療法士を目指してください。


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※ 注釈
「診断」という用語について、医師法第17条に「医師でなければ、医業をなしてはならない」と記載されています。つまり理学療法士が「診断」を行ってはいけません。平成元年の厚生省研究班の報告で、医業の定義は医行為を業として行うこととされています。
医行為とは医師による医学的判断及び技術が必要な行為であるとされています。医行為には、絶対的医行為と相対的医行為があり、前者は常に医師が行わなければいけないほど高度に危険な行為を指し、診断は絶対的医行為に含まれます。
当然のことながら医学的診断、つまり病理学的・解剖学的・病因論的見地にたって疾病を同定する行為は医師に限られるべきです。
それに対して理学療法診断とは、様々な要因によって生じた「運動機能における障害」を同定し(運動機能障害診断)、その関連因子や予後を判断して適切な介入法を選択する(理学療法適用診断)プロセスを指します。
前述の厚生省研究班の報告書によると、理学療法は相対的医行為に位置づけられ、医師の指示のもとに権限が移譲可能な危険度の低い(危険が無いわけではない)医行為とされています。
本ブログ内で用いている「診断」とはあくまでも「理学療法診断」を指しているとご理解ください。

2020/08/01

臨床の理学療法士が行うべき本質的な学習のあり方(私見)



7月5日と7月12日の日曜日に「運動と医学の出版社」主催の「動きと痛みLab」のzoomセミナーでお話をさせて頂く機会をいただきました。

7月5日は「エビデンスに基づく腰痛の評価と治療〜どのように評価して、どのように治すべきか」(180名参加)
7月12日は「エビデンスに基づくTHA・TKA術後リハビリテーションの実際」(150名参加)

多くの方々がご参加くださったことに驚きました。お話をさせていただいた身としてはありがたい限りです。

オンラインでのセミナーでは私自身がどのように病態を解釈し、どのように理学療法を行っているかについてお伝えすることは一定程度可能だということが分かりました。でも対面でのハンズオンセミナーのように技術をお伝えすることはやはり難しい部分があるというのが率直な感想です。

臨床の理学療法士が「どのように学習するべきか」については、様々なご意見があると思います。
生意気かもしれませんが、セミナーで受講者の興味を引く方法は理解しているつもりです。
①メインテーマに関する歴史的背景を導入として、これまでの解釈のしかた、新たな知見について解説すること。
②それらに関するエビデンスの提示、自験例の提示により根拠を示す。
それらに基づいてどのように理学療法を構築するべきか私自身の解釈を丁寧に説明する。
④治療に必要な知識の整理(私の場合は詳細な解剖学について解説)。
⑤評価技術や治療技術の提示
⑥技術指導
と、どのようなセミナーでも①から⑥の流れで行うことで、概ね満足度の高いセミナーを提供できると感じています。もちろんこの流れ以外にも満足度を上げるテクニックがあると思いますし、実際に満足度を上げるためだけであれば、いくつかのテクニックを多用することで思ったような結果となります。

ただ、満足度が高いセミナーを行うことと、実際の臨床で大切なこととが全て一致しているとは考えていません。セミナー受講時は「なるほど」「ふむふむ」と思えたことが実際の臨床で全て役立っているでしょうか。セミナーを受講して一定程度の効果がある理学療法が実施できるようにはなったけれど、新たな問題に直面したり、症状が改善はするもののあと一歩よく仕切れないということがあるのではないでしょうか。

そこで、その問題点をさらに解決すべく、またセミナーを受講する、もしくは自分が認めている講師のセミナーを盲目的に受講するという自動行動をとっている方が多いように感じています。

セミナーを受講するという行動の起点は、「目の前の患者さんを良くしたい」が、「どう行動するべきか解らない」、「何からどう学習したらよいか解らない」、「治療効果が高い方法を知っている人に教わればいいのではないか」だと思います。そしてこのいずれか、もしくは全ての思考がセミナーを受講するという動機になっていると考えています。


図1:セミナー受講の動機と受講後の到達地点

ここで本質的なことは「目の前の患者さんを良くしたい」ということが起点になっているにもかかわらず、「知識もしくは技術を得たこと」がゴールとなっていることです。もちろん受講されている方のすべてがこのような思考ではないと思います。しかし、結果としてこのような思考に陥ってしまっている方々も少なくないと思っています。

図2:本来あるべきプロセスと臨床の到達地点

当院にも私のセミナーや私の同期・先輩のセミナーを受講したことをきっかけに転職してきたスタッフがいます。彼らの多くが図1に示したような思考を持っていることに気づきました。でも本質は図2に示すような流れでなければならないと考えています。そうです、学習の結果として「患者さんがよくならなければならない」のです。

このことにはセミナーの講師にも問題があると考えています。講師を引き受けた以上、無意識のうちに「満足度が高い講義」が提供したくなります。私の場合であれば、「より詳細な解剖」、「エコー画像」、「画像読影」、「触診技術」、「評価・治療技術」ということになるわけですが、実はこれだけでは患者さんはよくなりません。

もちろん講義でお話ししていることに「根拠がない」とか「嘘を言っている」とかそういう類のことではありません。図2に示したように「病態を解釈できる思考」を身につけるためにはセミナーだけでは不十分ということです。図2で示す「?」の中に何があるかということになるわけです。私はここに「病態を解釈するための医学的思考」ということが必要になってくると考えています。

前述した当院のスタッフは本当によく勉強していますし、知識も豊富です。治療技術が低いわけでは決してありません。ただ、持てる知識を上手く活用できず、悩んでいるという印象を持ちます。

ではどのように解決するのか。

明確な答えは持ち合わせていませんが、私たちはカンファレンスを通して、トライアンドエラーを繰り返すことで「病態を解釈できる思考」を養い、少しづつ時間をかけて解決していっています。ここには一定程度の病態解釈ができる先輩という存在が必要ですし、臨床的ベクトルが同じ方向を向いているという環境も必要になってくるかもしれません。

もしそのような環境がなければ、学会やセミナーなど一定以上の水準に到達している医師や理学療法士に、具体的に「どう考え」、「どう解釈し」、「どう治療している」のか、ということに着目して受講したり、質問したりすることが大切になってくると思います。また勇気を振り絞って臨床見学に行くということも有効です。

「先生の臨床が見たいです」と言われて嫌な気持ちになるセミナー講師はいません。少なからず、私と私の周囲にいる理学療法士や医師は歓迎してくれると思います。ただ、今はコロナという厄介な問題がありますが。

コロナ禍の中、対面での学会やセミナーが軒並み中止されているのに、何を言っているんだという声が聞こえてきそうですが、「病態を解釈できる思考」を身につけるためには「王道はない」と考えています。まずは日々論文を読んで知識を増やすこと、日々触診技術を磨くこと、日々患者さんの訴えに耳を傾けること、日々画像と睨めっこすること、日々病態について考えること、日々ディスカッションをすること、日々真剣に患者さんと向き合うこと、日々疑問を持ち解決する方策を考えること、この繰り返しが本質的に大切なことです。

オンラインのセミナーを利用することは決して悪くありません。でもどう活用するか、何を目指すのかが大切だと考えています。

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